長い戦争が終わると救護施設は戦災孤児や引揚者などでいっぱいになったという。しかし、子供は子供の施設へ、引揚者は住宅へと出ていくと、再び施設には老人が残った。結果として養老院は増加した。二一年に制定された生活保護法のもと、養老院は、この時期から本格化する核家族化によって家族から離された老人の受け皿の役割を果たすことになった。つまり、家族から出された老人を社会が受けとめるかたちが成立したのだが、その養老院そのものが〈現代の楢山〉と表現される、住まいとしての条件の整わない、社会からは隔離された存在であった。
[参考]
玉出の賃貸
玉出の賃貸・部屋探し情報一覧|賃貸マンション・賃貸アパートはSUUMO(スーモ)賃貸
平安通の賃貸
平安通の賃貸・部屋探し情報一覧|賃貸マンション・賃貸アパートはSUUMO(スーモ)賃貸
舞子の賃貸
舞子の賃貸・部屋探し情報一覧|賃貸マンション・賃貸アパートはSUUMO(スーモ)賃貸
与野本町の賃貸
与野本町の賃貸・部屋探し情報一覧|賃貸マンション・賃貸アパートはSUUMO(スーモ)賃貸
一方住宅政策は、四二〇万戸といわれる住宅不足のなかでスタートした。